2007年03月30日

六義園のあらまし

六義園内の庭園は中の島を有する大泉水を樹林が取り囲んで、紀州(現在の和歌山県)の和歌の浦の景色をはじめ、万葉集や古今和歌集に詠まれた日本の名勝を取りこんだ景観があります。

六義園は万葉集や古今和歌集にちなんだ名前をつけているのも園内を回遊する楽しみの一つになっています。

六義園の庭園は明治時代に入って三菱の創業者である岩崎家の所有となりました。

しかし、六義園は昭和13年に東京市に寄付されて一般公開されていましたが、昭和28年3月31日に国の特別名勝に指定されて現在に至ります

六義園で有名なシダレザクラの他にも秋の紅葉シーズンを茶屋でひと時を過ごす、とっても風情がありますね。

六義園は一年を通じて訪れる方の心を癒してくれることは間違いないでしょう。。

posted by 3義円 at 15:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

六義園の周辺

六義園の庭園として魅力は別ページに掲載しています。
庭園としての六義園も有名ですが、六義園の周囲は有名なジョギングのコースとしても知られています。

1周約1300mとなじみやすい手ごろな距離であることやランナーなら1番気になる途中に信号でさえぎられる事がないのが人気なんですね。

六義園の周辺マラソンコースは朝夕は何人ものジョガーやウォーカーに出会うことができます。

そうした六義園ならでは楽しみ方は六義園内だかではなく、六義園のそとにもあるんですね。

六義園の周辺でいうと、毎年11月には、文京区の区民マラソン大会がこの六義園外周と六義園グランドを利用して開催されています。

六義園からちょっと足を伸ばせば、巣鴨があります。

お年寄りの方には1日遊べるスポットかも知れませんね。

また、歴史的なことで言えば、新撰組局長近藤勇は、中山道板橋宿手前平尾一里塚に設けられた刑場で斬首されました。

首級を京都へ送られた後、残った胴体は現北区滝野川7丁目8番1号地に葬られて今も石碑はあります。

年号で言うと1868(慶応4)年4月25日のことです。
 

posted by 3義円 at 15:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

六義園でちょっとお散歩

六義園は国の特別名勝として指定されています。

六義園は、東京都内でも屈指の庭園だけに土日ともなると多くの人が訪れます。
六義園の開園は平日正門だけ開かれるが、土日は駒込駅からすぐの染井門も開かれることはうれしい情報である。

しかし、六義園でせっかくのお庭を見に行くのに、すぐの染井門から入るのは残念ですね。

六義園に来たからには、最短コースをせかせかと歩くのはあじけないように思います。

やはり六義園をまわる正道の順路としては正門のほうが入っていくパターンではないでしょうか?

六義園では正門から入るとすぐ景観を楽しめるし、涼しい季節は焼き芋屋さん、暑い季節はヤクルトおばさんが門の前で店を出しているのはうれしいですね。

六義園に来たからには、やはりまず正門から入り、回遊し、帰りに焼き芋や冷たい飲み物でも飲みながら、余韻に浸りながら駅までお店を覗きながら歩くのはいいと思います。

六義園にきたらわざと遠回りして時間を贅沢に使いたいですね。

静かな大和郷の住宅街を歩のも一考ですよ。

タグ:散歩
posted by 3義円 at 14:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

六義園の見所

六義園にはそれぞれ見所がたくさんあります。

六義園のシダレザクラ
六義園の庭園の中心部に入るための内庭大門をくぐると、シダレザクラが植えられています。
六義園のシダレザクラは例年、3月末に枝いっぱいの薄紅色の花を咲かせます。六義園にあるシダレザクラは流れ落ちる滝を彷彿させその姿は圧巻です。

六義園内にある出汐の湊
六義園内にある大泉水の池畔の名の一つ。六義園の中では眺めのよいところになります。
右手に中の島を、左手には蓬莱島が、そして対岸には吹上浜がみえます。

六義園内にある滝見の茶屋
六義園の中では、昼なお暗い樹林の中を渓流が走りその眺めは素晴らしいものがあります。
岩の間から落ちて水しぶきをあげている様子は六義園の中でも一イチニを争う場所です。

また、六義園の滝見の茶屋の近くにある四阿(あずまや)からは、その静寂な景色をゆっくりと眺め、流れ落ちる水音に癒されます。

残念なことに六義園のこの滝は以前、千川上水の水を引いていましたが、地下鉄の工事の影響で断水し、現在は井戸水によって流れが活かされています。


posted by 3義円 at 14:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

六義園の由来

六義園は、東京都文京区本駒込に所在する都立庭園です。

六義園の読み方は 「りくぎえん」と読み「ろくぎえん」と読まないようにしてください。

六義園は徳川幕府の5代将軍・徳川綱吉の側用人であった柳沢吉保の下屋敷に建てられた。

六義園は自ら設計にあった柳沢吉保が、「和歌の世界を庭園で表現する」という趣旨で設計し、開園にこぎつけたものである。

六義園では平坦だった当地に丘や池を掘り完成させました。

六義園は、完成当時から現在に至るまで見事に表現されています。

六義園では芝なども整備も行き届いていることもあり、東京都内を代表する日本庭園として観光客も多いことはいうまでもない。

六義園の名の由来は、古今和歌集までさかのぼります。

六義園は中国の『詩経』に分類されている詩の分類法を和歌に適用させた紀貫之の『古今和歌集』の序文にかかれていたところからきています。

六義園の設計者である柳沢吉保は、この『古今和歌集』に出てくる和歌を好み、庭園で再現しようとしました。

六義園は、完成当時、小石川にある小石川後楽園と並び都内でも有名な二大庭園と称された。
posted by 3義円 at 14:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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